『Bad』を手掛けていたかもしれないTeddy Riley
Quincy Jonesとのタッグで製作された3部作『Off the Wall』『Thriller』『Bad』が歴史的成功を収め、これにより「キング・オブ・ポップ」の称号を得たものの、恩師Quincy Jonesの支えが無くても一流のアーティストであることを証明する為に、Quincy Jonesの元を離れる決断を下したMichael Jackson。
そして新たなパートナーとしてMichael Jacksonが指名した人物こそ、当時のブラック・ミュージック・シーンを席巻していた「ニュー・ジャック・スウィング」を生み出し、時代の寵児となっていた音楽プロデューサーのTeddy Riley。
それまでは年上のプロデューサーと仕事をすることが常だったMichael Jacksonにとって、9歳も年下のTeddy Rileyと組むこと自体が新たな挑戦だったにも関わらず、結果的に収録曲の約半数をTeddy Rileyと共作したアルバム『Dangerous』は、全世界で累計3,200万枚以上を売り上げ、これは『Bad』の3,000万枚を上回る驚異的なセールス。
そしてTeddy Rileyにとって『Dangerous』がMichael Jacksonとの初仕事だったものの、実は前作『Bad』の製作を担当する話があったと、Teddy Riley自らが激白。
Dangerous
Michael Jackson
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「君を『Bad』に参加させるつもりだったけど、彼が沢山の条件を出してきたから断ったんだ」
Teddy Rileyは「REVOLT」のインタビューにて、当時の様子を次のようにコメント。
「Michaelが電話をくれた時、彼は俺に『Bad』に参加して欲しかったんだと言ってくれた。そして『君のマネージャーだった坊主頭の男だけど、彼とはまだ一緒に仕事してるの?』って聞かれたから、俺は『誰のことを言ってるんだい?』って聞き返したんだ。するとMichaelは『Gene Griffinのことだよ』と言ってきた。俺は『それがどうしたの?』と答えると、Michaelは『君を『Bad』に参加させるつもりだったけど、彼は『俺やTeddyがいる時は誰も部屋にいちゃいけない』『俺が常に同席していなきゃいけない』『プロジェクトを進めるには全て俺を通さなければならない』など、沢山の条件を出してきたから断ったんだ』と伝えてくれた。これが俺が『Bad』に参加できなかった理由さ。Quincy Jonesが俺をMichaelに紹介してくれたんだけど、Michaelは『もし『Bad』に君が参加していたら、更に凄いアルバムになっていたはずさ』と言ってくれたよ」
Teddy RileyとMichael Jacksonのこの電話でのやりとりは、Teddy Rileyが『Dangerous』の製作に取り掛かろうとしていた時期だったとのこと。
Gene Griffinといえば、Teddy Rileyのメンターとして知られ、またTeddy Rileyが率いたGuyのマネージャーも務めていた人物。
Michael Jacksonが『Bad』の製作を行なっていた時期は'85年頃とされ、当時のTeddy Rileyの年齢はまだ18歳。
加えて、Teddy RileyがKeith Sweatとのタッグによってニュー・ジャック・スウィングの口火を切った"I Want Her"を、世に送り出す前の話。
I Want Her
Keith Sweat
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Teddy Rileyは、10代の頃にKids At Workというボーイズ・グループのメンバーとして活動していたものの、Keith Sweatと出会うまでは「R&Bをやるつもりは全く無かった」と公言しており、またTeddy RileyがR&Bプロデューサーとしての評価を得たのは、"I Want Her"を含むKeith Sweatのデビュー・アルバムが成功した'87年以降の話。
『Bad』の制作時点では無名だったTeddy Rileyが、後にR&Bプロデューサーとして大きな成功を収めることを踏まえると、彼の才能をいち早く見抜いていたQuincy JonesとMichael Jacksonの先見の明はお見事、ですが。
Bad
Michael Jackson
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インスパイア源はLL Cool Jの"I'm Bad"
そしてMichael Jacksonがアルバム『Dangerous』で果たしたもう1つの挑戦が、ヒップホップの導入。
『Bad』がリリースされる前年の'86年、Run-D.M.C.が"Walk This Way"をヒットさせたことにより、ヒップホップがポップ・ミュージックの主流に躍り出た中、この動向に強い興味を示したQuincy Jonesは、Michael Jacksonのサウンドにもヒップホップを取り入れようと考えた結果、「Doug E. FreshやClassical Twoなどのヒップホップ・アーティスト達の楽曲をプロデュースしていたTeddy Rileyにアプローチした」というのが恐らくの流れ。
記述の通り、Teddy Rileyの起用はGene Griffinの干渉によって失敗し、また『Bad』の収録曲候補として、Michael JacksonはRun-D.M.C.と共に"Crack Kills"という曲をレコーディングしたものの、結果的にこの曲は採用されず、Michael Jacksonの音楽にラップが正式に加わるのは、Teddy Rileyとの共作『Dangerous』でのこと。
Michael JacksonとQuincy Jonesが、ヒップホップ・プロデューサーとしてTeddy Rileyを『Bad』に起用しようと考えていたのであれば、もしやニュー・ジャック・スウィングは生まれなかったかもしれず、また彼らの豊富なアイデアやインスピレーションにより、ヒップホップとボーカルを融合させるという発想が『Bad』の制作時点で浮かんでいたら、Keith Sweat"I Want Her"より以前に、ニュー・ジャック・スウィングが形になっていたのかもしれないですね。
Jam
Michael Jackson
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そして『Dangerous』収録曲の中で、ラップが組み込まれた楽曲は以下の3曲。
・Jam (Rap by Heavy D)
・She Drives Me Wild (Rap by Wreckx-n-Effect)
・Black of White (Rap by L.T.B.)
Michael Jacksonは『Dangerous』用に70曲近い楽曲をレコーディングし、この中にもヒップホップ・アーティストと共演した楽曲が含まれており、それがLL Cool Jを迎えたものの未発表に終わった"Serious Effect"という楽曲。
Michael Jacksonと楽曲を制作した当時の様子を、LL Cool Jは「102.7 KIIS FM」に出演した際に次のようにコメント。
「Michaelとは間違いなく一緒に曲を作ったけど、満足のいくレベルにまで至らなかった。その中の1つの音源がリークされたんだ。曲名は"Serious Effect"。実は他にもいくつかあって、結局完成することはなかった。でもMichaelと一緒にスタジオで作業できたこと、あれは本当に最高だったよ」
両者が初めて出会ったのは、LL Cool Jが『Bigger and Deffer』を、Michael Jacksonが『Bad』をリリースした'87年頃だったと考えられ、「Complex」のインタビューにて、LL Cool JはMichael Jacksonと同じ飛行機に乗り合わせた際に、「何をするにしても、決して自分を制限してはいけない」というアドバイスを受けたと回想。
さらに、Michael JacksonはLL Cool Jのシングル"I'm Bad"からインスピレーションを得て、『Bad』というアルバム名にしたとのこと。
「Variety」のインタビューで、LL Cool Jは当時の様子を次のようにコメント。
「Russell Simmons([Def Jam]の創始者)が俺のレコードをMichaelとQuincy Jonesに聴かせて、彼らはインスパイアされたんだ」
Michael Jacksonや彼のチームからの公式な確認は無いものの、Michael Jacksonと同じ時間を共にしたLL Cool J本人の証言が正しいとした場合、Michael Jacksonがインスピレーションを得る範囲を制限しなかったことは実に素晴らしく、LL Cool Jの才能を評価していたからこそ、『Dangerous』に彼を加えようとした流れも納得。
同じく「Variety」のインタビューにて、LL Cool JはMichael Jacksonについて次のようにコメント。
「Michaelは俺に対して、そしてヒップホップに対してもたくさんの愛を示してくれた。はっきり言っておくけど、俺にとって彼はキングだ。俺はMichael Jacksonのファンさ」
そしてLL Cool Jは2024年にアルバム『The FORCE』を発表し、表題曲"The FORCE"でMichael Jackson"Don’t Stop 'Til You Get Enough"の語り部分をサンプリングしています。