Teddy Riley以外の全メンバーが嫌っていた"No Diggity"
Teddy RileyとChauncey Hannibalによって結成されたBlackstreetは、数々の実力派ボーカリスト達を招き入れたR&B史に残るオールスター・ユニット。
Michael Jacksonによって書かれた"Joy"、Myaと共演した"Take Me There feat. Mase, Blinky Blink"など、数々の名曲を残してきた残してきたBlackstreetの楽曲の中で、最も大きなヒットを記録したのが、全米シングル・チャート1位を達成した"No Digitty feat. Dr. Dre, Queen Pen"。
Blackstreet
No Diggity feat. Dr. Dre, Queen Pen
iTunes: https://apple.co/35puung
「No Diggity」とは、「No Doubt (間違いない)」と同じような意味合いで使われるスラングで、歌詞は肉食系の男達が女性を口説きにかかるナンパ・ソング。
BlackstreetとDr. Dreという世紀のコラボレーションも功を奏し、ジャンルの垣根を超えて大ヒットした"No Diggity"でしたが、実はTeddy Riley以外のBlackstreet全メンバーがこの曲を嫌っていたと、Teddy Rileyが「SoulCulture」のインタビューでコメント。
「メンバー全員が"No Diggity"を好きじゃなかった。みんなこの曲がヒットするか半信半疑だったから、俺がファースト・バースを歌った。結果的にヒットしたから、彼らは俺が言うことを信頼している。その後は、誰もがファースト・バースを歌いたがったよ」
ちなみに、"No Diggity"を制作中にこの音源をMichael Jacksonに送って聴かせたところ、Michael Jacksonは「この曲はただのヒットじゃない。スマッシュ・ヒット(大当たり)だ」と絶賛。
'96年のビルボード年間シングル・チャートでも、23位にランクインするほどの大ヒット曲となった"No Diggity"でしたが、当初Teddy Rileyはこの曲をBlackstreetではなく、Guyに歌わせようと考えていたとのこと。
Billboard Year-End Hot 100 singles of 1997
1. Candle in the Wind 1997" / Something About the Way You Look Tonight - Elton John
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21. The Freshmen - The Verve Pipe
22. I Want You - Savage Garden
23. No Diggity - Blackstreet feat Dr. Dre, Queen Pen
24. I Belong to You (Every Time I See Your Face) - Rome
25. Hypnotize - The Notorious B.I.G.
26. Every Time I Close My Eyes - Babyface
27. In My Bed - Dru Hill
28. Say You'll Be There - Spice Girls
29. Do You Know (What It Takes) - Robyn
30. 4 Seasons of Loneliness - Boyz II Men
Aaron Hallも"No Diggity"を拒否
"No Diggity"は、Teddy RileyとWilliam "Skylz" Stewartの2人がプロデュースを担当。
この曲は、Bill Withersの"Grandma's Hans"をサンプリングしたことでも知られていますが、William "Skylz" Stewartがスタジオで"Grandma's Hans"を使って何かをしようとしていた時、たまたまその場に来たTeddy Rileyがそれを耳にしたことがきっかけで、"No Diggity"のトラックが生まれることに。
この時の様子を、Teddy Rileyは「Vibe」のインタビューにて次のようにコメント。
「"No Diggity"のアイデアは、俺とWilliam "Skylz" Stewartが考えた。彼がスタジオで"Grandma's Hans"のサンプリングをMPCで作業していて、『このサンプリングを俺に渡してくれないか?』と彼に頼んだんだ。そして俺はこのサンプリングを部屋に持ち帰り、Logicに入れてトラックを作った。トラックが完成した後に彼がやってきて、『このレコードは大ヒットするよ。でも何か加えることはあるか?』って言ってきた。それで、俺は彼に“No Diggity”の歌メロを渡したんだ」
Bill Withers
Grandma's Hands
iTunes: https://apple.co/4cbsqjM
しかし、完成された"No Diggity"のトラックがあまりにもヒップホップ寄りだった為か、記述の通りBlackstreetのメンバー全員がこの曲を拒んだだけではなく、実は当初この曲は当時活動休止状態だったGuyに歌わせようと考えていたものの、メンバーのAaron Hallがこのオファーを拒否し、最終的にBlackstreetが歌うという形に。
ちなみにTeddy Rileyによると、"No Diggity"のリリース元[Interscope Records]もこの曲が売れるとは全く思っておらず、Teddy Rileyの親友Heavy DとDr. DreがレーベルのトップJimmy Iovineを説得し、なんとかリリースする方向に話を進めたとのこと。
"No Diggity"のビートはDr. Dreが作り、2Pacに提供される予定だった?
Blackstreetの全楽曲を振り返ってみて、"No Diggity"が他を凌駕するほど圧倒的な結果を残せた要因の1つは、R&Bという1ジャンルを飛び越えてクロスオーバー出来たことが大きく、その最大のファクターと言えば、なんと言っても客演にDr. Dreを迎えたという点。
当時、Dr. DreはSuge Knightと共に立ち上げたレーベル[Death Row Records]を去り、[Interscope Records]の協力の元、自身のレーベル[Aftermath Entertainment]を設立した時期。
Teddy Rileyは「HipHopDX」のインタビューにて、「Dreが[Death Row Records]を去ったから、俺にオファーが来たんだと思う。だから彼にも"No Diggity"に参加してもらった」とコメント。
ちなみに、Teddy RileyはJimmy Iovineから「Dr. DreがMVに出たがっている」と言われたようで、曲のバースをDr. Dreが歌ってくれるなら許可すると伝え、最終的にDr. Dreが曲の冒頭でラップすることに。
「R&BのキングTeddy Riley」と、「ヒップホップのキングDr. Dre」の共演が話題にならないわけがなく、関係者達の予想に反して歴史的大ヒットを記録した"No Diggity"でしたが、「実はこの曲のビートはTeddy Rileyではなく、"Dr. Dreが作ったのでは?」という説も。
記述の通り、"No Diggity"はTeddy RileyとWilliam "Skylz" Stewartの2人がプロデュースを担当した楽曲ながら、Joe Cockerの"Woman to Woman"を使用した"California Love"や、Charles Aznavourの”Parce Que Tu Crois"を使用した"What’s The Difference"のように、どちらかというと曲調はDr. Dreのスタイルそのもの。
もちろん、"No Diggity"の制作段階でDr. Dreの参加がおおよそ決まっていたのであれば、Teddy RileyらはDr. Dreのスタイルに寄せたと言えばそれまでなものの、Dr. Dreは自身がプロデュースしない楽曲でラップをすることは珍しく、それがR&Bアーティストの楽曲ともなれば更に異例のこと。
これはあくまで推測の域を出ないものの、Dr. Dreが[Death Row Records]在籍時に"No Diggity"のビートを制作し、「当初2Pacのアルバム『All Eyez On Me』に収録する予定だったのはでは?」という話もあったとか、なかったとか。
しかし、Dr. Dreは『All Eyez On Me』のリリース前に [Death Row Records]を去り、"No Diggity"のトラックの権利を保持していたDr. Dreが「この曲をTeddy Rileyに売ったのでは?」という説も。
Suge Knightからのオファーを断っていたTeddy Riley
'95年8月に米ニューヨークで行われた「The Source Awards」にて、[Death Row Records]のトップSuge Knightが[Bad Boy Records]のSean Combsを批判した発言が引き金となり、米西海岸ロサンゼルスの[Death Row Records]、そして米東海岸ニューヨークの[Bad Boy Records]を中心に勃発した「ヒップホップ東西抗争」
ヒップホップ・シーンが大荒れになっていた最中、[Death Row Records]は2Pacというスーパースターを獲得するも、Suge KnightはDr. Dreが抜けた穴の補填案を策略。
そこでSuge Knightが考えた案が、Teddy Rileyを[Death Row Records]に招き入れるというアイデア。
当時の様子を、Teddy Rileyは「HipHopDX」のインタビューにて次のようにコメント。
「俺とSugeには共通点がある。それは、俺達のメンターが共通してGene Griffinだったということ。だからギャングスタであるSugeからのオファーは怖くなかった。Sugeは俺とパートナーになりたがっていたけど、俺は彼からのオファーを断った。俺は悪の世界から来た男だけど、もうあの世界には戻らないと決めていた。彼と組むと後戻りしそうな気がしたんだ」
こんな一連のやりとりがあったことを知ってか知らでか、"No Diggity"でTeddy Rileyと共演したDr. Dre。
しかし、Dr. Dreは[Death Row Records]を去り、彼の穴埋めとして声をかけたTeddy Rileyの獲得にも失敗したSuge Knightとしては、彼らのやりとりを見て面白いと思うはずがなく、この出来事に憤慨したSuge Knightは、Dr. Dreに対する報復曲を発表。
それが2Pacの"Toss It Up"でした。
2Pac
Toss It Up feat. Danny Boy, Aaron Hall, K-Ci & JoJo
iTunes: https://apple.co/3gqUuVy
「なんで"No Diggity"で2Pacが歌っているんだ?」
「Dreは[Death Row]を去ったな、あばよ。
ここから去ってお前はどこに行くつもりだよ?
ハードコアは上辺だけか?もうお前のラップには誰も耳を貸さないぜ。
すぐに心変わりする奴は、ブラザー達から一番軽蔑されるんだよ」
2Pacが発表した"Toss It Up"はDr. Dreを痛烈に非難する内容で、更にSuge Knightは、Dr. DreとTeddy Rileyへの報復として、当初この"Toss It Up"は"No Diggity"のビートをほぼ丸パクリした形で制作され、Dr. Dreらの許可を得ることなく、この曲をラジオでオンエアしてしまうことに。
そして、この曲をラジオから耳にしてしまったのがTeddy Rileyで、"No Diggity"のリリース元である[Interscope Records]のトップJimmy Iovineに、すぐに電話をしたとのこと。
「おい、この曲は何だよ?ラジオで"No Diggity"をサンプリングした曲が流れてきて、しかもなんで2Pacが歌っているんだ。Jimmy, あんたがこの曲に2Pacを入れたのか?」
Jimmy Iovineも、"No Diggity"が無断でサンプリングされた事実を知らず、しかしこの電話の直後、"No Diggity"をパクった"Toss It Up"の初期バージョンがラジオから完全に消去され、Teddy Rileyは「あれはJimmyの力を知った瞬間だった」と回想。
Teddy Rileyとしては、無断で"No Diggity"が使用されたことに対して不満だったのは想像に難くないものの、そのこと以上に不満だったと思われるのは、この"Toss It Up"にAaron Hallがゲスト・ボーカルで参加していたこと。
既述の通り、Teddy Rileyは当初"No Diggity"をGuyの楽曲として発表しようとしたものの、このアイデアを拒否したのがAaron Hallだったことから、Aaron Hallの寝返りに対して、Teddy Rileyは不信感を募らせたことでしょう。
結果的に、"Toss It Up"はBlackstreet側の訴えによりビートの作り替えを余儀なくされ、2Pac没後にMakaveli名義でシングル・リリース。
"No Diggity"のトラックがきっかけで勃発したバチバチのビーフでしたが、この2曲の結果を振り返ると、第40回グラミー賞「Best R&B Performance By A Duo Or Group With Vocal」を受賞した"No Diggity"の圧勝という形で終わりました。
No Diggity
全米シングル・チャート
1位
全米R&B/ヒップホップ・ソングス・チャート
1位
'97年ビルボード年間シングル・チャート
23位
第40回グラミー賞
「Best R&B Performance By A Duo Or Group With Vocal」受賞
Toss It Up
全米シングル・チャート
チャート外
全米R&B/ヒップホップ・ソングス・チャート
最高13位